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 北風と太陽

text / tagotago

 9 ポンチョ

 ケースケと美香は今学期のオナニー・パートナーだ。

 5時間目が始まる前の時間はいつも、ケースケは雑談しな がら目のすみで美香の動きを追っている。

 教室のうしろの黒板に大きな模造紙がマグネットで止めて ある。「オナニー・パートナー一覧表」と書かれたその紙に は、いくつもの男女のペア、ところどころ3人組や4人組の 名前が並んでいる。ケースケと美香の名前もそこにあった。

 ペアの名前欄の横には日付を示すけい線が引かれ、毎日生 徒たちが○や×印を記入していく。ケースケは毎朝○印をつ けている。パートナーの美香は都合が良ければ○、そうでな ければ×をつけるのだが、それはいつも昼休みの終りごろな のだ。

 美香が席から立ち上がった。ケースケが内心緊張する。美 香は一覧表までとことこ歩いていき、ケースケが付けた○印、 つまり「オナニー希望」のマークを5秒ほど見つめている。 そして、ゆっくりとシャーペンで薄い○を書くと、席に戻り ちょこんと座った。
 美香もOKらしい。平静を装ったケースケの頬がちょっと 緩んだ。

 放課後、ケースケはいそいそとオナニー・パートナー室に 向かった。生徒数が多かった時代のなごりでいくつも余った 教室がパートナー室に再利用されている。再利用と言っても、 隣の席が見えないようについたてが並べてあり、その間に学 校椅子が二つずつ、向かい合って置いてあるだけだ。個室に はなっていない。

 「オナニーの前に手を洗おう」、「自慰の乱れは心の乱 れ」、見向きもされない日焼けしたポスターが貼られた室内 を、通路の左右に並ぶついたての角に書かれた席番号を見な がら歩いていく。

 受付の保健委員に指定された番号を見つけ、椅子のあたり にアンダースローでスクールバッグを放り込もうとする。そ のケースケの腕が、びくっ、と止った。
 「あ。」
 めずらしく美香が先に座って待っていた。
 几帳面な美香は練習に遅れる連絡をバドミントン部にして から来るのでいつもケースケより後なのだが。

 ふたりが少し黙る。お互いこれからすることは判っている のに、いつも最初にちょっととまどう。だが、求めた側であ るケースケの方から切り出す以外ないに決まっている。
 「あの…」
 「うん」
 そんなケースケを気づかうように美香がすぐにうなずき立 ち上がった。

 ふたりとも無言でカーテン並にだだっ広い布地のウェアを バッグから取り出し頭からかぶり始める。
 中央の穴に頭を通してかぶるタイプの雨具に似ているので、 口の悪い男子にはエロ合羽などと呼ばれるが、正式な名前は スクール・ポンチョという。腕を出す部分もなく、首からひ ざ下まですっぽり隠れる丈のポンチョを着ると、かなり間抜 けなてるてる坊主がワンペアできあがった。

 スクール・ポンチョを着用する目的は、もちろんプライバ シーを守るためだ。オナニー・パートナーといっても、相手 の身体に触れたり行為を相手に見せたりしてはならない。文 部科学省の指導により、話し相手になるだけと決まっている。

 こうした制約はこの制度の理念に基づいている。本来シン グル・セックスはするのもしないのも自由なはずだ。だが、 自由放任ではオナニーする者は行為の後の疎外感や虚しさを 味わう。なぜなのか。それは自分の行為を認めてくれる人間 がいないからだ。そうした心の隙間を埋めるのがオナニー・ パートナー制度の目的なのである。

 女子の前で自慰をするなど、ひと昔前なら警察沙汰になり かねない行為だが、今はこうして学校の中で処理するシステ ムが出来ている。社会の進歩とは素晴らしい。

 身長より少し高いついたてに挟まれた空間に、ふたり向か い合って座る。いつものように美香が窓側だ。パートナーに なりたての頃はたがいに遠慮して不自然なくらい距離を取っ て座っていたが、だんだんと間が詰まり、今は上ばきのつま 先が触れあいそうな距離になっている。

 オナニー・パートナーは必ずしも双方向の関係というわけ ではないので、しない側はポンチョを着ける必要はない。実 際、男子のみポンチョ着用で向かい合うペアも多い。
 だが、美香はやさしい子なので形だけでもポンチョを着け て対面してくれる。その心づかいがうれしい。
 「毎日でごめん」
 「パートナーなのに全然マルが付かなかったら、ちょっと 寂しいし」
 そんな言葉も自分に対する気づかいなのだろう、そうケー スケは思う。

 話しながらケースケがポケットティッシュを確認する。一 度ティッシュを忘れて悲惨な状況になったことがある。様子 を察した美香の助けでなんとか始末できたが、一歩間違えば 卒業まで付いて回る不名誉になるところだった。

 当りさわりのない会話をしながら、ケースケがポンチョの 中でジッパーを降ろし、ごそごそと身動きを始める。

 「…ニューアルバムが出るんだよね…」
 「そうなんだ」

 パートナーは話し相手になるだけと言っても、別に性にか かわる話が禁止されているわけではない。ストレートに自分 の感じ方や願望を吐き出した方が制度の趣旨にかなう。
 だがこの学校ではなぜか、パートナー同士で性的な会話は しないのが不文律になっている。男子トイレに個室があるの にウンコをしてはいけないように。

 「…ロンドンで録音して来たって…」
 「聞いてみたい」

 毎日繰り返していても、ケースケがごそごそと動き出すと、 いつも美香は赤面する。目を伏せるとかえってケースケのご そごそを直視することになってしまうし、顔を見つめ続ける のも間が持たず、美香の視線は自然にケースケの胸のあたり に落ち着く。

 「新曲は?」
 「…シングルがもうすぐ…」

 ケースケの乳白色のポンチョに乱反射した外光が、逆光の 美香の表情を柔らかな光で照らし出している。

 「おまえ京野のことすげー気に入ってるな」
 ケースケが毎日求めているのはクラスみんなが知っている から、同級生によくからかわれる。
 確かに美香は目立つ女子ではないし、人気のある女子が何 人もの男子からパートナーを申し込まれているのに、美香に 申し込んだのはケースケだけだ。
 ケースケ自身もロングホームルームで、パートナー希望カ ードに誰の名前を書こうか相当迷った。ケースケが密かに恋 愛感情を抱く女子もいたのだが、そんな子にオナニーのパー トナーを申し込むというのも、自分のイメージが悪くなる気 がして出来なかった。とはいえオナニーはしたい。
 その時、クラス書記の美香が半分背伸びをしながら黒板に 端正な字を書く姿がたまたま目に留まった。最初はそれだけ の理由だった。

 だが、毎日こうしているうちに、大きくもないと思ってい た美香の目は、正面から真顔で見つめられると吸い込まれそ うな瞳をしていることにケースケは気づいた。

 ケースケがごそごそするテンポが上がってくる。

 「…ロスタイムに…」
 「見たみた」
 「…試合後のインタビューで…ぅ…」

 なるべく態度に表さないようにオナニーを済ますのが不文 律だし、クールな男子の条件とされているので、ケースケも 平静を保とうと必死で努力する。
 てるてる坊主の格好で女子の面前でオナニーしながら「ク ール」も何もあったものではないが、そこは異性の前で一番 カッコつけてみたい年頃である。
 が、どうしても盛り上がってくると会話がぎこちなくなっ てしまう。

 「…やっぱ前半の……んっ…」

 ケースケが押さえ切れない反応を見せてしまうたび、正面 に座った美香の視線がふたつ結びの髪といっしょに揺れる。 その様子にケースケは一段と身動きを速める。美香の視線が ポンチョの股間をかすめるたび、ケースケのハートがズキン と跳ねあがる。

 「得失点差?」
 「…んっ…そう…2試合…ぅ…」

 いつもそうするように、射精の直前ケースケは美香の顔を 見つめる。毎日繰り返すうちケースケが昇りつめるタイミン グがわかったのだろう、美香もその瞬間だけは目をまっすぐ に見つめてくれる。
 美香の瞳に吸い込まれる、そう思いながらケースケは一人 でするより何倍も深いオーガズムに震える。快感に突っ張っ た両脚が美香の脚と触れ合う。
 「うっ!……くっ!……くっ…ぅっ…ぅ…ぅ…」
 美香の体温を感じながらポンチョの中でケースケが激しく 長く射精する。その瞬間どんなに努力しても全身の痙攣は押 さえらず、会話が途切れてしまう。

 「…ふは…」
 努力して余韻から立ち直ったケースケが、あわてて脚を引 っ込め後始末を始める。ポンチョでは隠しようがない精液の 匂いが漂う。男子としては一番ばつが悪い瞬間だ。ケースケ はクールに成りきれない自分にいつも少し落ち込む。
 「ごめん。今すぐ……始末するから」
 「平気。毎日で慣れちゃったし……」
 美香がポンチョの中でひざをもじもじさせる。
 「…それに…わたし…」
 不器用なケースケはあせり気味にポンチョの中でごそごそ 後始末をしている。
 「オートリ君の匂い……嫌いじゃないかも……」
 「え?」
 「ううん。何でもない」
 顔を伏せて美香が照れる。
 「あの……えと……」
 美香は次の言葉をいつになくためらっている。
 「……よかったら……もう少し……お話ししてもいい?」
 「い、いいけど」
 ケースケはとまどった。ただ話がしたいだけなら、この部 屋で不格好なポンチョをつけてする必要もないだろう。
 「ありがとう…」
 美香が見たことないくらい赤面しながら答え、ちょっと腰 を浮かす姿勢をとった。ポンチョの中で美香の手が腰の両脇 を滑りおりるのが判った。

 「…わたし今日は…マルつけようって決めてたんだ…」
 下着を降ろした美香がケースケを見つめながらごそごそと 身動きしはじめた。
 間が持たないケースケが慌てて思いつきの話題を振る。
 「あの、えと、さ…最近…見た映画とか…」
 「オートリ君は?」
 「え…俺は…今…したばっかだし…」
 「ううん。そうじゃなくて…」
 ケースケが爆速で赤面する。
 「あああ、映画は、あのー…えーと…」
 初めて見る美香の行為に、ケースケの部分はもう完全復活 している。本当はすぐにでもオナニーを始めたかった。しか し、この学校に数ある不文律のひとつでは、パートナーの目 の前で2連続オナニーなどありえない。カップアイスのフタ 裏を舐めるぐらい恥ずかしい行為とされている。

 「あの…テレビで…」
 「…うん…見たかも…」

 欲求に耐えながら、ちぐはぐな会話で必死に間を繋ごうと するケースケの視野のすみを水色のものがかすめた。

 「…誰だっけ…」
 「えええと…司会が…」

 美香のポンチョのスソから淡いブルーのギンガムチェック が見える。身動きする美香のひざ下から少しずつずり落ちて きたのだろう、ふくらはぎに下着が絡みついていた。

 「…風船が割れて…」
 「えと…えと…そ、そうだっけ…」

 左右にはついたてがある。見えるのは正面のケースケだけ だ。
 「えと…先週…かも…」
 ストレートに見つめるのも気が引けて、ちらちらと視線を 行き来させる。だが10秒後には、美香を包んでいたとは思 えない不思議に小さな布地にケースケの視線はぴたりと吸い 寄せられていた。

 「オートリ君?」
 空返事のケースケの視線に美香が気づいたようだ。
 「ごめん…」
 ケースケは素直に謝った。美香は前かがみになり下着に手 を伸ばした。ポンチョのすそから美香の指先がのぞく。謝っ たばかりなのに、いま、美香の核心にふれていたはずの指を ケースケは凝視してしまう。
 ふと気配を感じて美香が目をやると、ケースケの股間で2 回目の身動きが始まっていた。美香はそのまま上半身を起し た。下着はケースケから見える位置に絡んだままだ。

 美香が照れ隠しのようにつぶやく。
 「変なパンツじゃなくて良かった…………えと……」
 何か言いかけてためらう美香に、ケースケが顔を上げた。
 美香はますます赤面して、切り詰めたセリフをそっとケー スケに伝える。
 「一緒にいこう。わたし、あわせる」
 言葉の意味を実感するまで1秒ほど考え、ケースケは両手 で股間を押さえ動揺した。

 興奮するケースケのタイミングを黒い瞳で探りながら、あ わせるように美香も行為を加速させていく。ときおり目を閉 じ肩をすくめるようにして何かに耐える。そのたびに美香の プライベートな吐息と表情がケースケを追い上げていく。
 「明日も。毎日そうする」
 短く言った美香の唇が、漏れそうな声をこらえる形にきゅ っと引き締まった。

 

 謝辞

 「オナニー・パートナー」という表現は、1997年にやまび こ氏が「オナペット」への敬意を表した表現として使用され ていたのを拝借しました。ここに記して氏への感謝を表した いと思います。

 

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