松本くんの夏                            text / tagotago  1  「キヨシ君。私、いいこと聞いちゃった」  卓球部の練習が終わったキヨシは、同級生のはるかに廊下で呼び止められた。  「キヨシ君って『Fマニア』なんだって?」  キヨシに謎をかけるように、はるかはちょっといたずらっぽい表情をした。  「え?」  意味がわからない。  放課後のひとけのない廊下で向かい合うと、教室でわいわい騒いでいる普段 のはるかとちょっと感じが違う気がする。  キヨシは少しどきどきしながら答える。  「なんのこと?」  おとなしいキヨシは女の子とデートしたこともなかった。だから、女の子は 放課後になると少しだけ大人になるのを知らなかった。いや、本当は、この年 頃の女の子はもともと同級生の男の子より大人で、教室の中でだけ子供っぽく 振る舞っているだけなのだろう。  「もぉ、判ってるくせに。口でする『あれ』のことよ。」  少し離れたところでテニス部のまゆみがふたりを見ている。その視線がキヨ シはちょっと気になる。  「バクっちとヤマびんが言ってたわよ」  「…!……」  キヨシはやっと気がついた。以前、友人たちと自動販売機でこっそり成人雑 誌を買い、隠れて見たことがあった。そのときキヨシは一枚の写真を指差して、 自分もこれをしてみたいと仲間に言ったのだ。  それは、ひざまずいた女性が仁王立ちの男性にフェラチオをしている写真だ った。もどかしい思いでページをめくっていくと男性は女性の顔面や口内に射 精すらしていた。セックスというものに「抱き合って性交する」というイメー ジしか持っていなかった奥手のキヨシにとって、それはちょっとしたカルチャ ーショックであった。  「ね教えて。どうして『F』が好きなの? 女の子の唇が好きなの?」  動揺の色を見せたキヨシの表情から、「Fマニア」の意味が通じたと確信し たらしい。はるかは堰を切ったようにたたみかけた。  「じゃあ、こんなふうに私とおしゃべりしてるときも、私の唇で想像してる の? 『あれ』のことで頭がいっぱいなの?」  「…………」  キヨシは何も答えられない。  「もぉ、やだぁ。そんな眼で私を見ないでよ」  はるかはいらずらっぽい表情のまま、明るい口調で話しつづける。  「私の口で想像してるんでしょう。キヨシ君の前に私が座って、キヨシ君に 『F』してるところ。想像してるんでしょう」  「…………」  図星だった。あの日、友人たちと雑誌を見て以来、キヨシの頭の中からは口 唇奉仕する女性のイメージが離れなかった。  はるかが、伸ばした舌の先をキヨシの先端にザラザラとこすり付けてい る。まだ仮性包茎のキヨシには強すぎる刺激だ。そして、はるかが根元か ら亀頭までぬらぬらざりざりと左右に振れながら舐めあげていくと、キヨ シの若い肉茎はひくひくと跳ね上り暴れ、はるかの頬を打つ。  そんな光景がキヨシの脳裏にありありと浮かんだ。  「いやらしいんだね、キヨシ君って。いつも私でそんな想像してるの?」  沈黙しているのは間が悪かったが、キヨシはどう答えればいいかわからなか った。はるかを見つめてもっと妄想にふけりたい誘惑と、目を伏せて自分の妄 想を振り払いたい理性が葛藤している。  だが、はるかの可憐な唇をこうして間近から見ていると、キヨシの意志や思 考など追いつきようなのない速度で、日ごろ密かに想像していた行為のイメー ジが次々と脳内にフラッシュしてしまう。  私をオナペットにしてるんでしょう。私が夢中になってキヨシ君のおち んちんを舐めているところを想像しながら、オナニーしてるんでしょう。 キヨシ君に覆いかぶさって、夢中でキヨシ君をしゃぶってる私を想像して るね。キヨシ君の裏側を何度も何度も舌でなぞっている私。先っぽに溢れ 出たキヨシ君のおつゆを、音を立てて味見している私。  はるかの一言はガラスのように砕け散って、きらきらと無数のイメージを反 射させた。キヨシの内部で無数のはるかが、現実のはるかがとても口にしない ようなセリフをしゃべり、言葉のままに行為をしていた。どのはるかも、今キ ヨシの目の前にいるはるかと同じようにリアルだった。  実は、キヨシは明朗快活なはるかにあこがれていた。と同時に、頭の回転が 速いはるかと言い合いをしたら自分は絶対にかなわないだろうとも思っていた。  そのはるかに、今自分は詰め寄られている。好きな女の子には絶対に知られ たくない秘密、自分の自慰の嗜好を告白させられようとしている。無力感と混 乱がキヨシを圧倒しようとしていた。  そればかりではない。キヨシにはもう一つの心配があった。勃起である。は るかとまゆみが間近にいる、そのことが次々とあふれ出る妄想をいつになくリ アルなものにし、キヨシの身体は確実に興奮を覚えつつあった。だが、はるか とまゆみには自分の勃起した姿など絶対に見られたくなかった。  「ねえ、そうなんでしょう? こうやって向かい合ってるだけで、もうキヨ シ君の頭の中は『あれ』のことでいっぱいなんでしょう?」  はるかは返事をしないキヨシとの距離をつめた。キヨシはわずかに後ずさり する。はるかのシャンプーの匂いとほのかな甘い体臭がキヨシを包み込み、呼 吸するたびにキヨシの意識を痺れさせていく。  おつゆでぬるぬるのキヨシ君の先っぽで、私のほっぺたをなぞってみた いんでしょう。キヨシ君のおちんちんで、やけどしそうに熱い私の口のな かを感じてみたいんでしょう。私の頭を押さえつけて、思い通りに楽しん でみたいんでしょう。  キヨシの必死の努力もむなしく、彼の肉茎は頭をもたげはじめた。一度動き はじめたものを途中で止めるのは難しい。キヨシのジャージに起こりつつある 変化に、はるかとまゆみが気がつくのも時間の問題だろう。絶望感がキヨシの 心を覆った。  キヨシは無言で首を横にふり、助けを求めるようにはるかを見たが、はるか は即座に一蹴した。  「嘘だわ。キヨシ君の眼を見ればわかるわ」  いつも想像してるわね。毎日私をおかずにしてるわね。キヨシ君に口を ふさがれて、苦しそうな私の息。よだれをべろべろ垂らして、息が切れそ うで、それでも、必死で吸い付こうとする私。ほっぺたを、きゅっとすぼ ませて、キヨシ君の元気を全部吸い出そうとしてる私。  まゆみがじっとこちらを見ている。はるかはまゆみに目くばせして、キヨシ にたたみかける。  「まゆみでも、いやらしい想像してるんでしょう。」  はるかの言葉に暗示にかけられたように、まゆみの幻影がキヨシの眼前で焦 点を結んだ。制服で椅子に腰かけたまゆみが、おぼつかなげな表情でキヨシを 見上げ、そしてささやく。  キヨシ君のおちんちん全部にやさしくキスしてあげる。ちゅ、ちゅって 可愛い音を立ててキスしてあげるね。キヨシ君が、きゅんと感じるまで、 そっとなめてあげるね。キヨシ君の元気が破裂しそうになるまで、ゆっく りゆっくり唇をはわせてあげるね。  「まゆみの可愛い顔に、『して』みたいんでしょう」  確かにまゆみは可愛かった。まゆみの可愛さは、男子も女子も、おそらく教 師たちも認めていただろう。もっとも、まゆみ自身は、「可愛い子」より「美 人」にあこがれていたから、自分の子供っぽい顔だちや体形をどうにかしたい と思っているようだった。  キヨシは、まゆみの身体のミルクのような甘い匂いにうっとりしながら、 まゆみの髪を撫でている。いや、髪を撫でながらゆっくりと腰を前後させ、 まゆみの口内を味わっている。まゆみが「ん…んっ…」と声を漏らすたび、 キヨシの下腹部にまゆみの温かい吐息があたる。  腰の動きに合わせて、キヨシの茎を迎え入れるようにまゆみが徐々に顔 を動かしはじめた。上気して汗ばんだ顔を、首をかしげるように左右に傾 け、前後運動にひねりを加える。ちゅ、ちゅっと控えめな音をたてて恥ず かしげに吸引する。  まゆみの性格のように、優しい愛撫だ。だが、キヨシの感覚はかえって 研ぎ澄まされ、肉茎がぎゅんと引き攣りそうな快感を必死で耐えている。 絶え間ない優しい動きが、否応なくキヨシを頂点へと追いあげていく。  やがて。  ついに自制できなくなり、まゆみがむせるほど激しく腰を突き込み、懸 命にすがりつくまゆみを無慈悲にえぐり回していたキヨシが、突然腰の動 きを止めた。歯を食い縛り、まゆみの口内からヌポッと音を立てて極限状 態の肉茎を引き抜いた瞬間、キヨシの体内で熱塊が破裂し背骨から肉茎の 真芯まで白熱が突き抜けた。  まゆみに反応する隙も与えず、最初の一撃が「びち」と音が聞こえそう な勢いでまゆみの頬を打ち、そのまま、まゆみのセミロングの髪まで信じ がたい勢いの軌跡を描く。反りかえる茎は角度を変えて第二撃、第三撃を 前髪にしぶかせ、鼻筋にべっとりと付着させた。  やっとのことでまゆみの両手がキヨシの肉茎を押え込み、亀頭を唇にあ てがうと、最後の濁液が唇の上で脈を打ち、キヨシは深い息をはいた。ま ゆみはゆっくりと目を開くと、黒目がちの瞳でキヨシを見上げながら、上 下の唇を擦り合わせるようにしてキヨシの若い体液を舐め味わう。湯気が 出そうな精液が、太ももや制服までべったりとたれさがり、まゆみの全身 はキヨシの匂いにまみれている。  「まゆみは可愛いから、キヨシ君きっと一回だけじゃ終わらないわね」  きっとキヨシ君は一週間は溜めてるもの。まゆみのために、必死でオナ ニーをガマンしていっぱい溜めてるもの。そうして、二回目はまゆみが気 持ち悪くなるくらい濃い精液を、暖かい舌の上に搾り出すつもりね。まゆ みの口の中を、噛めそうなくらい濃いキヨシ君の体液でいっぱいにするつ もりね。そのあとどうするつもりなの? 口の中の精液をまゆみにどうさ せるつもりなの?  すでに限界だった。無数のイメージが現実を圧倒する。キヨシはもうはるか を見ていなかった。ぎゅっと目を閉じて、握りコブシを作った両腕が微かに震 えている。  下半身の状態はすでに隠すまでもなかった。はるかとまゆみには、卓球部の ジャージをびんと突き上げてキヨシが完全勃起し、ズキズキと痛そうなほど律 動しているのが手に取るように見えた。ジャージ越しに浮かび上がったキヨシ の肉茎、そのシルエットの先端部には先走った分泌液のシミすら見える。  「キヨシ君、大丈夫?」  からだを震わせながら身動き出来ないでいるキヨシに、はるかが声をかけ ると、急にキヨシはかっと目を見開いた。はるかが思わずたじろぐ。  一瞬の沈黙。  「やめろーっ!」  キヨシは大声を出すと同時にカバンを投げ出して「うわーっ」と叫びながら 廊下を走っていく。キヨシが廊下を曲がるとバタンとドアの閉まる音がした。 廊下の先にあるのは男子トイレだ。  はるかとまゆみは顔を見合わせた。  「ガマンできなくなっちゃったみたい」  はるかがまゆみに言う。  「トイレで『してる』んだわ」  キヨシの行動に動揺したのだろう、まゆみはハンカチを握りしめて無言のま まだ。  「これって私の勝ちでしょ? まゆみ、後でおごってよ」  どうやら、二人は男子生徒を挑発してオナニーを告白させられるかどうか賭 けをしていたようだ。普段そういうことを口にしないキヨシは格好の標的だっ たのだろう。そのキヨシがトイレに飛び込んでしまったのは二人の予想外の展 開だったが、告白以上のことをさせたのだから賭けにははるかが勝ったと言 っていいだろう。  「ね、キヨシ君、ホントに『してる』のかな?」  まゆみが言う。  「ただトイレに行っただけかも?」  「ここで待ってればわかるわよ」  「もし……」  まゆみが少しはにかんだような表情をする。  「もし『してる』として……はるか、かな?」  「え?」  「はるかのこと考えながら……『してる』のかな?」  「まゆみじゃない?」  はるかがくすくす笑う。 「まゆみちゃんは本当に可愛いもんね」  「やめてよ」  まゆみの照れたような笑いがこぼれる。  窓から穏やかな夕暮れの光がさしこむ廊下で二人は待った。下校時刻のチャ イムがゆったりと時を告げる。  しばらくして、キヨシがとぼとぼとトイレから出てきた。何かうなだれてい る様子で元気がない。  廊下で待っていた二人は、部活の練習のような口調で声をそろえた。  「キヨシ君、お疲れさまーっ!」  キヨシの顔はみるみる赤く染まっていく。こんなに真っ赤になったキヨシは見 たことがない。キヨシは、はるかとまゆみの興味津々の視線を感じながらカバ ンを拾うと一目散にその場を逃げ出した。  まゆみがつぶやく。  「まちがいないわ。はるかの勝ちね」  2  一ヶ月後。  学校のそばを流れる川に堤防がある。キヨシはその堤防の上の道を好んでと おった。堤防の上は景色が開けていて気持ちがいい。堤防の右側は河原、左側 は桜並木と住宅街だ。川面を渡っていく風が、七月の暑さを心地良く吹き払っ てくれる。  あれ以来、時々キヨシとはるかは話をしながら帰るようになった。一緒に下 校するわけではないのだが、偶然同じ時間に帰ることがある。そんなとき、以前 はお互い話もせずに黙って歩いていたが、今でははるかから声をかけてくる。  キヨシもはるかとまゆみには不思議に心を許せる気持になっていた。あの日、 二人には自分の自慰を見られたも同然だった。キヨシは学校でそのことが噂に ならないか、たまらなく心配だったが、二人は誰にもそのことを話さなかった。  キヨシはほっとすると同時に、自分の秘密、自分の自慰の嗜好を知っている はるかとまゆみにある種の親近感をいだくようにもなった。はるかにも恐らく 同じ気持があったのだろう。  そして、ひとり自慰行為にふけるときには、はるかとまゆみはキヨシの抜群 のお気に入りになっていた。  「ねぇ、キヨシ君」  はるかが手際よくキヨシのズボンを下ろし、下着に手をかける。  「キスしてあげるね」  はるかは、まるで小鳥にキスするようにキヨシの亀頭に軽い口づけをは じめる。キスされるたびに肉茎が反応して亀頭がぴくりと跳ねてしまうの が面白いらしい。こんな軽いキスで鋭敏に反応してしまう自分をキヨシは 恥ずかしいと思うが、自分の意志で止めらめるものではない。  やがて、はるかはキヨシに目で合図すると、姿勢を正してキヨシの正面 に正座し、ゆっくりとキヨシを口内に含みはじめる。  はるかの口内は驚くほど熱かった。はるかが微妙に角度をかえながら顔 をねっとりと前後させるたびに、灼熱感がじりじりとキヨシの内臓を加熱 していく。はるかの口唇のもどかしい程のゆっくりした動きに、キヨシの 腰の蠕動は思うままにあやつられ、情けないほどのうめき声を搾り出され てしまう。  みずから納得するまで存分にキヨシをねぶり回し悶えさせると、はるか は「キヨシ、見て」と微笑んで、細い指先で包皮を根元へ引っぱり、にゅ るんと亀頭全体を露出させた。行為の前には確かに付着していた恥垢がす っかりなくなっている。はるかは笑顔で舌先を伸ばすとカリ首をつーっと なぞって見せた。  「全部舐めてくれたんだね」  はるかは、こくんとうなずく。そして一転してジュプッジュポッとリズ ミカルな素早い口技をしかけてくる。先程までじっくりと隠微な愛撫をう けていたキヨシの身体は感度が鋭くなっているのだろう、全身の筋肉をぎ くぎくと痙攣させて快感に耐えている。  澄んだ美しいピンク色の唇には口紅など無縁だ。そのデリケートな唇が、 キヨシの若い肉茎を咥え込み、溢れ出す唾液を音を立ててすすり飲みなが ら、懸命にしごきたてている。  この年頃の少女に特有のふっくらした薔薇色の頬が、ヌプッと引くたび にキュッとくぼみ、ニュクッと根元までくわえるたび元に戻る。その吸引 力と挿入感の交錯に全身が溶けそうな陶酔感を味わう。  くぼんた頬の内側の粘膜が亀頭を粘着するように包み込む。はるかの舌 は、ぬめるような柔らかい奥部からザラザラした先端部まで、絶えず触感 を変化させながら、キヨシの最も敏感な部位を往復する。  はるかの口唇は、熱く、やわらかく、繊細で、力強かった。  キヨシは次第に追い込まれていく。背骨から肉茎の中心までキーンと緊 張が走りはじめる。キヨシはチリチリと腹筋を震わせて耐えている。絶頂 が近い。  はるかは敏感に察して、緊張の極致にある屹立を口内からなごり惜しげ に引き抜くと、唾液にまみれた肉茎に愛おしそうに頬ずりをしながら「ま だダメ。もっと遊ばせて」とささやき、キヨシが余裕を取り戻すのを待つ。  「ねぇ、キヨシ君」  返事がない。キヨシは物想いにふけりながら堤防を歩いている。  「キヨシ君!」  驚いて振り向くと、はるかが微笑んでいた。  「何考えてたの?」  「何でもないよ」  懸命に平静を装う。  「ふーん」  こんなとき、女の子は本当に鋭い。はるかはたちまちいたずらな目になった。  「そうなんだ」  はるかは黙って遠くの景色を眺めた。キヨシには気まずい沈黙だが、はるかは それを楽しんでいる。ほんの十数秒だが、キヨシを困らせるには充分な沈黙だ った。懸命に次の言葉を考えているキヨシに、はるかがたずねる。  「誰のこと考えてたの? ふふ」  キヨシは無言ではるかを見た。はるかの視線はまだ遠くの景色にある。その横 顔は限りなく優しかった。  「私のこと?」  「うん」  ふと素直な気持になってキヨシはそう答える。  「ねぇ、これから言うこと、誰にも内緒だよ」  はるかが穏やかな口調で言う。  「絶対にひみつ」  「うん」  「キヨシ君、女の子のこといろいろ想像したりするんでしょう?」  キヨシは素直にうなずいた。  「いいよ。私のこと、想像とかしても」  いつも早口なはるかが、今日は遠くを眺めながらとぎれとぎれに話している。  「キヨシ君だったら大丈夫だよ、私。だから……」  キヨシは心臓の鼓動が速まるのを感じる。  「私といるときは、」  はるかの横顔にかかった髪を風がゆらす。  「私のことだけ考えていて」  夏空が青い。キヨシははるかの言葉の意味を考えている。  「私のことだけ見つめてて」  はるかは少しまぶしそうな顔をして川面を眺めながら、堤防の背の高い雑草 の葉っぱをちぎった。はるかの夏服が風にそよぐ。  「あーあ、言っちゃった」  はにかんだ表情で、はるかがキヨシを見た。  キヨシははるかを見つめて、無言で、だがはっきりとうなずいた。  その日、二人は初めて手をつないで帰った。  夏休みが近い。 ------------------------------------------------------ 松本くんの夏                    text / tagotago version 1.1 1999-06-22 from "tagotago's TXT" http://members.tripod.com/~tagotago/index.htm Tagosaku Yamada ------------------------------------------------------