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 北風と太陽

text / tagotago

 3 HR

 亜由子の勤務する学校にも保健実習室が設置された。普通 の教室の授業ではどうしても制約があったが、専用教室でわ かりやすい授業ができそうだ。

 初回の今日は男女別の授業だ。男子が体育をしている間に、 まず女子が授業を受ける。

 教室内には、大きな背もたれとひじかけの付いたゆったり したサイズの椅子が並んでいる。柔らかなクッションが効い ていて、座ると大きくリクライニングする椅子に生徒たちが はしゃいだ声をあげている。

 実習では生徒はリラックスしていてくれたほうがいい。室 内を見渡しながら亜由子は思う。ひとりだけ、ひざにノート を開いてノートを取る用意をしている生徒が目にとまる。ク ラス委員の有香里だ。生真面目な表情が彼女らしい。

 簡単な前置きのあと、亜由子がコンソールを操作する。黒 板の前にビデオ投影用スクリーンが降りてくると同時に二重 の電動カーテンが閉まり、室内が暗くなった。

 『文部科学省特選
  社団法人全国PTA連合会推薦』

 ありがちな仰々しいテロップでビデオが始まった。

 『 性 行 為 と 偏 見 』

 女子ばかりのせいか教室は普段より私語が多いようだ。

 『1 女子はオナニーしちゃいけないの?』

 大人の女性。高校生。中学生。さまざまな年齢の女性が、 次々と画面に現れ、自分のオナニーについて語っている。女 性の年齢別オナニー経験率のグラフがカットインする。

 話題が話題だけに、ちょっと教室がざわめく。だが、こう いう話題に興味津々な年頃の生徒たちである。登場する女性 たちの率直な語りに引き込まれるように多少は落ち着いてく る。
 「自分の身体に触れて、自分の反応を知ることは、自分自 身を知るために大切なことだと思います」
 知的な表情の中学生が画面から語りかける。

 やがて、先程の女性たちが全裸で画面に登場し、実際にオ ナニーを始めた。
 「ゃだぁ」
 生徒たちは一斉に声をあげたが、その声とはうらはらに好 奇心に満ちた目で画面に見入っている。

 教育用の映像なので、むろん修正やぼかしは入っていない。 登場した女性たちは、それぞれ思い思いの姿勢で自分を追い 上げていく。ポルノグラフィーの、見せるための演技ではな いぶん、指づかいは率直でむしろ大胆だ。

 教室にかすかなざわめきが起きた。まだ若い生徒たちにも それと判る腰の脈動を見せて、最初の女性が頂点に達したの だ。他の女性が声をあげて続き、最後に先程の中学生がブリ ッジするように突き上げた腰で、ひときわ激しいオルガスム スを表現して場面はフェードアウトした。

 『2 男子のオナニーって不潔なの?』

 テロップと共に画面が切り替わった。生徒たちと同じ年頃 の男子と女子が全裸で並んで立っている。

 男子の性器と第二次性徴についてのナレーションがあり、 ふたりは「気をつけ」の姿勢のままカメラに側面を見せて向 かい合った。男女の体形の違いがはっきりとわかる。

 すぐに、男子が勃起を始めた。脈を打つように先端を跳ね 上げながらみるみる角度と体積を増していく。

 生徒たちの反応は、照れ隠しのようなはしゃいだ声と沈黙 の半々だ。画面から目をそらす生徒はひとりもなく、女子の 身体にはありえない硬さを鋭い角度で誇示する屹立を見つめ ている。

 「いきます」
 男子が向かい合った女子に言い、両脚を少し開いた。女子 が気をつけを保ったまま静かにうなずく。
 手を伸ばせば触れられそうな位置で向かい合い、見つめあ ったまま男子がペニスを握りオナニーを始めた。若々しく勢 いのあるオナニーだ。
 「すごーぃ」
 思わず声が漏れた。仁王立ちで腰を突き出し、大きく腕を 振って反り返るペニスをしごきたてる。男子のオナニーの迫 力に生徒たちは圧倒されたように見つめている。

 男子の速度があがり、呼吸が乱れる。行為が熱を帯びてく ると共に、教室の生徒たちにも無言の緊張感が高まってくる。

 男子が短いうめき声をあげ、教室にどよめきが起った。鮮 明な映像のなかで、ペニスが脈動して素晴らしい勢いで精液 が放出される。女子の裸体の横をすり抜けた精液が、黒い背 景の画面にほとんど直線に近い見事な軌跡を描く。
 「うわぁ」
 「こんなに飛ぶんだ」
 生徒たちの声からはしゃいだトーンは消えている。素直な 驚きの声だ。
 「すごいぴくぴくしてる」
 射精後も硬さを保ったまま跳ねるように律動しているペニ スも強い印象を与えたようだ。深呼吸しながら快感にひたる 男子の表情がフェードアウトし、次のテロップが現れた。

 『3 性交っていやらしいこと?』

 若いカップルが、お互いを気づかいあいながら、ベッドで 優しく絡み合っている。カップルは、たがいの快感を伝えあ いながら、愛にあふれた優しく激しい性交を始めた。
 「……うん…もっと……そう…そこ……」
 教室にカップルの声と息づかい、生々しい性交の音が響き 渡る。
 「…あぅ…はっ…はんっ……もっと…いっぱい……」

 私語をする生徒はもうひとりもいない。静まり返ってビデ オに没入している。

 それだけではない。教室には女子の匂いが漂っている。男 子の自慰の場面あたりからその気配はあった。今その気配が 広がっていくのが静かに、だが明らかにわかる。

 両脚を交差させるようにぎゅっと閉じて圧迫している生徒、 スカートの中にそっと片手を差し入れている生徒。微かに身 動きしている生徒もいるようだ。

 ビデオのカップルの性交はますます激しさを増していく。 肉音が決まるたび女性が乱れ泣きじゃくる。
 「…はあああ…す、ご、い…はああっ…ぃっちゃう…はあ ああ…いっちゃうよぉ……」
 やがてふたり声を合わせて、ひしと結合したまま頂点を迎 えた。生命の尊厳すら感じさせる感動的なエクスタシーに、 崇高な表情でうっとりと抱き合うふたりのアップでビデオは 終った。

 カップルの激しい声が消え、教室に静けさが広がった。ビ デオスクリーンの光も消えた暗闇から浮かび上がるように、 あちこちから吐息、きぬずれの音が聞こえてくる。

 暗がりに浮かぶ生徒たちのシルエットが小さく揺れている。 足を閉じている生徒、足を開いている生徒、椅子のひじかけ にうつぶせにもたれる生徒。声を漏らしかけて、あわてて息 を殺す生徒がいる。みな声と身動きをひそめながらもどかし い行為を続けている。

 もちろん亜由子にはわかっていた。生徒たちはそれを楽し んではいない。むしろ、たかぶった自分をひそやかな行為で 懸命になだめ、押し止めている。ビデオも終わり今にも普段 の授業が再開されそうな教室で、クラスメイトの前で、自慰 に没入してしまわないように。

 ほのかなシルエットの気配を探るように暗がりを見渡しな がら亜由子が言う。
 「これから15分間、教室の明かりはつけません。リラッ クスして、ビデオの内容を思い出してみましょう」
 穏やかな口調で亜由子は続ける。
 「声を出しても下着を脱いでも構いません」

 亜由子の言葉は、中途半端な行為に煩悶する生徒たちを安 堵させたようだ。ひそやかだった生徒たちの身振りが大きく なった。生徒たちのひざや足首あたりだろうか、暗がりにほ のかに白い布地が見える。邪魔な下着をおろしたのに違いな い。

 教卓の間近にある席からは、湿ったせわしない音さえ聞こ えてくる。
 「ふぁ…。ん…。はん…」
 濡れた摩擦音とシンクロするように、その席から声が漏れ 出した。位置と声から明らかだった。声をあげたのはクラス 委員の有香里だ。

 続いて何人かの生徒が微かな声を漏らし始め、他の生徒の 声そして自分の声がいっそう快感を高めるのか、共鳴するよ うに、いくつもの声があがりはじめた。

 おしゃべりな生徒もおとなしい生徒も、もうためらうこと なく、細やかにあるいは激しく手指を使い、素直な声をあげ て快感を訴えている。

 せっぱつまった切れ切れの吐息と声が交錯する。クラス中 にエネルギーが充満する。臨界点が近い。
 「ぁぁぁぁ」
 暗闇の中で、これまでとは明らかに異質な声があがった。 もう限界なのがはっきりと判る。クラスの意識がそこに集中 する。行為を続けながら聞き耳を立てる。
 「ぁぁぁ…ぃ……ぃく……ぃくっ……あああっ」
 イッた……同じ教室の中で、今、絶頂に達した女子がいる。 見えない反響がきぬずれになってクラス全体に広がる。
 最初のひとりに触発されたように、生徒たちは次々と大き な波に全身を貫通されていく。
 「…い…」
 「んーっ」
 「…く…」
 「ぁ…ぁ……ぁぁぁ」
 「…ぃっ…」
 「んんんんっ」
 「…ちゃぅ…」
 「んっ!」
 「…はぁぁぁ…」
 声があがるたび、背もたれのリクライニングが一段と深く なる。暗がりに見えるのはおぼつかないシルエットだけだが、 快感の頂点で生徒たちが身体を震わせ律動させるのが伝わっ てくる。
 ぱたんとノートが床に落ちる音がした。
 「はんっ。んンっ。はんっ。んっ。」
 有香里の声が、何度も脈を打つ絶頂と有香里が秘めた柔ら かな内面の収縮のリズムを隠さず伝えた。

 まだ感受性の鋭敏な彼女たちの絶頂感の大きさ、深さを感 じて亜由子自身も感動を覚えていた。

 「あと5分で教室を明るくします」
 生徒たちが後始末と身仕度をするのを待って、亜由子は電 動カーテンを開いた。新鮮な日光が教室に差し込んでくる。 陽光を浴びる生徒たちの、少しまぶしそうな表情には充実感 と解放感が見て取れる。

 今日の実習内容についてレポートを書くよう指示して、亜 由子は授業を終えた。
 「先生、来週も今日みたいな…実習ですか?」
 ノートを抱いた有香里がたずねた。
 「そう。保健実習室は気に入った?」
 すこし頬を染めながら有香里がうなずく。
 「来週から男女合同でやります」
 「男女合同…」
 「平気よ。男子がいても今日と同じようにやればいいから ね」
 とまどう有香里に亜由子が優しく言った。
 「それに、合同実習なら2時間続けて授業ができるもの。 今日は実習時間が短くてもの足りなかったでしょ」
 「はい」
 ちょっとはにかんだ笑顔で有香里がうなずいた。

 次の時間は男子の実習がある。
 「忙しくなりそうだわ」
 教室の窓を開けながら、亜由子はつぶやいた。

 

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