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 北風と太陽

text / tagotago

 1 保健教師 亜由子

 ベッドにはまだ体温が残っていた。
 (さっきの女子だ…)
 そう思って浩平は落ち着かなかった。

 授業中腹痛を覚えた浩平は保健室に行くことを許された。 我慢できない程の痛みではないが、学校で下痢でも起こすと 思わぬ悲劇の原因になりかねない。大事を取って腹痛の薬を もらうことにしたのだ。

 「ちょうどベッドが空いたところだから、少し休んでいく といいわ」
 保健教師の亜由子はそう浩平にすすめた。腹痛の薬を飲ん でも、すぐに効き目がでるわけではない。それに、みんなが 授業を受けている時にベッドでごろごろしてみるというのも、 ちょっと憧れる経験である。浩平は迷わず亜由子の言葉に従 った。

 壁際のベッドを囲むように天井からつり下げられたクリー ム色のカーテンが閉められ、乳白色の光に満たされた空間に 浩平は隔離された。

 ベッドはまだ温かく、ほのかに甘い匂いがする。

 浩平が保健室に入ってくる時、別の学年の女子と入れ違い になった。清楚な顔だちが目に留まったが、微熱でもあるの か微かに頬を紅潮させていた。あの女子がこのベッドを使っ たのに違いない。
 (ほんのちょっと横になっていただけなのに、女の子って こんないい匂いがするんだ…)
 あお向けで天井を眺めながら、浩平はどうにも落ち着かな かった。
 (…それに、とっても温かい…)
 腹痛のことなど、すでに忘れている。
 (…女の子のからだって)
 女子の体温と残り香に、すっぽりと全身を包みこまれる感 覚。すれ違った瞬間の印象を思い出しながら浩平は深呼吸し た。


 「浩平くん、具合どう?」
 亜由子はカーテンを開いて様子を覗きこんだ。亜由子の視 線が毛布の上で止る。浩平の股間で薄手の毛布が明らかに突 出していた。

 うっとり天井を見ていた浩平も、亜由子の視線で自分の状 態に気づかされたようだ。
 「へあっ」
 情けない声と情けない程のあわてぶりで身体を丸めるよう に亜由子に背を向ける。

 亜由子はあわてた様子もなく再びカーテンを閉め、カーテ ンの外から落ち着いた声で話しかけた。
 「浩平くん」
 「…はい…」
 「勃起しちゃったんだ」
 「……」
 「ベッドに何か残ってた?」
 「……いいえ」
 「そう。でも女子が使ったばかりだったから、女の子の匂 いがしたかもしれないわね」
 「……」
 「恥ずかしがらなくて大丈夫よ」

 亜由子は椅子を持ってくると、カーテンのすぐ外に座って 話を続けた。
 「授業で習ったわよね、性的興奮って」
 「……はい」
 カーテンの中からかなり情けなさそうな浩平の声がかえっ てくる。
 「人間が子孫を残すために必要なしくみなんだよね?」
 浩平をなだめるように亜由子が続ける。
 「それだけじゃなくて、人間がリラックスするためのしく みでもある、って習ったよね?」
 「……はい」
 「リラックスするっていうのは、セックスやオナニーを楽 しむってことだよね。浩平くんぐらいの歳の男子は、オナニ ーしてる子が多いし、オナニーするのは恥ずかしいことじゃ ない、っていうのも習ったよね」
 「……」
 「今、浩平くんは性的に興奮していて、おちんちんが勃起 してる」
 「……」
 「浩平くんもしたい気持ちかな?」
 数秒、間があった。浩平の声がちょっとかすれている。
 「……僕は……しないです」
 「うん。したくなかったら無理にすることないわね。でも、 したかったら我慢することないのよ。性的な興奮って誰にで もあることだから」
 「……」
 「別に男子だけじゃないのよ。いろんなことが頭に浮かん できて、授業に集中できなくなったりするの。だから先生は、 悩んでる子に、そういうときには保健室にいらっしゃいって、 言ってるの」
 「……」
 「男子と違って、女の子は、おませさんと奥手の子の差が 大きいんだけどね」
 「……」
 「実は、さっきそこで横になっていた女の子も、気分が悪 くてベッドに寝ていたわけじゃないの」
 「……」
 「外見じゃわからないのよ。あの子はすごいおませさんで、 いつも、いつも我慢してた子なの」
 「……」
 「だから、そんなに我慢しなくていいよ、そこのベッドで していきなさいって言ってあげたのね」
 「……」
 「すごく嬉しそうだった。最初は遠慮しながらだったけど」
 「……」
 「カーテンの外からでも、はっきり判ったわ」
 「……」
 「本当によろこんでた。何回もね」
 「……」
 「浩平くん……?」
 「……」
 「まだ勃起してる?」
 「…はい」
 「それじゃ、今オナニーしたい気持なんじゃないかな?」
 「……」
 「正直に先生に教えて」
 「………はい……」
 「もしかして、もう始めてる?」
 亜由子は耳を澄ませた。
 浩平が動いている気配があり、微かにベッドのきしむ音が 聞こえてくる。
 「……………はい……」
 「うん。じゃ、先生、一緒にここにいてあげるからね」
 「……はい……」
 本格的に没頭しはじめたのだろう。あきらかな音を立てて、 ベッドがきしみ始めた。亜由子は微笑ましい気持ちで、浩平 の刻むリズムを聞いていた。

 やがて。
 「…せんせい…」
 浩平が切迫した声をあげた。
 「ここにいるわ」
 亜由子は優しく答える。
 絶え間なくきしむベッドの音が、痙攣するようにひときわ 大きくなる。カーテンの中で、浩平が切れ切れの声を漏らし、 ベッドが若々しく律動した。

 ゆっくりと広がる静寂が浩平の余韻を亜由子に伝える。
 「浩平くん」
 頃合いを見て亜由子が穏やかに声をかけた。
 「どうする? もう一回する?」

 

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