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 北風と太陽

text / tagotago

 7 アンケート TV版

[2]の続編)

 「まず、さいせーのアンケートに記入してください」
 朝のホームルームに現れたのは、担任の教師ではなく亜由 子だった。
 「このアンケートを参考にして、さいせーに協力してもら う男子を決めることにします」
 「さいせー?」
 生徒たちの声に、亜由子が黒板に特大の文字を書いた。

 採 精

 「精液を採取することです。先週の保健の授業で、男子の 性的興奮と射精の仕組みを勉強しました。今日の授業では精 子の観察をします」
 男子生徒からアンケート用紙を回収しながら亜由子が説明 した。
 「射精して時間が立つと精子が死んでしまうから、あらか じめ家で採取してもらうわけにはいきません。授業の直前に 採取しないといけないわけね。今日の授業は5時間目だから、 昼休みに保健室で採取してもらうことになります。つまり精 液を自分で…」
 生徒たちがちょとざわめく。
 「自分で『出す』ってことですか?」
 「そうね」
 「ええーっ、先生の前で『する』んですか?」
 生徒の反応を予期したように亜由子が笑顔で説明する。
 「ううん。カーテンを閉めて、その中でしてもらうから大 丈夫。ちょっと恥ずかしいかもしれないけど、勉強のためだ から我慢してね」
 「えーーーっ」
 男子生徒たちがわざと小学生のような声をあげる。女子は おとなしくしているが内心興味津々のようだ。
 「難しく考えることないわ。キミたちが普段してるのと同 じよ。違うのは採精コンドームを使うことだけ」
 ポケットから「学習教材 採精コンドーム」と書かれた、 市販品より地味なパッケージをポケットから取り出して見せ る。
 「病院で採精するときは小さな容器を使うんだけど、キミ たちは元気がいいから、こぼしちゃう子が多いの。だから、 採精用のコンドームを使うわけ。他に質問は無いかな?」

 一呼吸置いた亜由子が、アンケート用紙の束を一枚ずつめ くり始めた。
 「じゃあ、協力してもらう男子を決めましょう」
 紙をめくる亜由子の仕草に引き込まれるように、教室が静 まり返る。
 「もちろん、自慰の習慣がある男子で…」
 アンケートと男子生徒の顔を一人ひとり見比べていく。男 子の表情がちょとこわばる。
 「無理矢理できることじゃないから、今日できるコンディ ションの子で…」
 アンケートをめくる亜由子の手が止った。その一枚を抜き 出して無言でもう一度目を通している。

 ほんの数秒の、息詰まる長い沈黙のあと、亜由子が生徒の 名前を口にした。
 「浩平くん」
 教室の静寂が浩平の声をかすれさせる。
 「…はい…」
 「最後にオナニーしたの、三日前って書いてあるわね」
 浩平が小さくうなずく。
 「その間、夢精とかした?」
 無言のまま首を振る。
 「じゃあ、」
 亜由子が浩平を見つめた。
 「きっと溜まってるね」

 浩平は返事ができないでいる。
 「それだけじゃないの。アンケートの5番目の項目に『同 級生』って答えてるでしょ」
 浩平がますます固まる。
 「つまりこのクラスの中に、浩平くんが一番お気に入りの」
 耳まで赤くなる浩平。
 「オナペットがいるわけね」
 亜由子は穏やかに続ける。
 「今日の授業では精子の観察だけじゃなくて、男子の精液 の量やphを調べたり、色や臭い、粘り気を観察したりするの。 もしかしたら、その子にそういうことされるのは恥ずかしい かもしれないわね」
 「……」
 「でも逆に、毎日オナペットにしてる子に精液を見られる ことが励みになって、採取がしやすくなる場合もあるの。採 精って、そういう励みがないと案外たいへんなのよ」
 亜由子が浩平を見つめる。
 「浩平くんも、そういう気持ちあるんじゃないかな?」
 「……」
 うつむいた浩平の表情に何か手応えを得たのだろう、優し くうなずきながら亜由子が結論を出した。
 「うん。浩平くんならきっと大丈夫だと思う」

 昼休み。
 食後の習慣で無意味に廊下の壁を蹴ったりしている浩平に、 聡美が話しかけた。
 「隣のクラスの子に聞いたんだけど、コンドームがうまく 付けられない子は先生が付けてくれるんだって」
 「シュッ! シュッ!」
 シャドーボクシングでかわそうとする浩平に聡美がたたみ かける。
 「浩平くんも亜由子先生に付けて欲しいんじゃない?」
 「んな」
 身をひるがえして見えない敵に回し蹴りを入れる。
 「わけねーだろ」

 「亜由子先生に触って欲しくないの?」
 聡美が間合いを詰めてくる。
 「溜まってるんでしょ?」
 いつにない聡美の連続攻撃に、浩平はボディーをガードし ながらフットワークで間合いをはかる。
 「ばーか」
 浩平は本当に判りやすい。図星のときはバカしか言わない。
 「浩平くん」
 聡美が急に真顔になった。
 「ん?」
 スキを見せた浩平の正面に聡美が踏み込んだ。
 「私も一緒に行こうかな、保健室」
 「き」
 足の止った浩平が目をむいた。
 「来てどうすんだよ!」

 「そばにいてあげよっか。先生も言ってたじゃない。励み になるって」
 冗談っぽく窓の外に視線をはずした横顔。くせのない髪が 揺れる。
 「それとも…」
 聡美の横顔を思わず見つめる。
 「亜由子先生の方がいい?」
 急に振り向いた聡美と目が合って浩平がたじろぐ。
 聡美はちょっと探るような目をする。
 「何言ってんだよ」
 「だってわたし、浩平くんのオ…」
 「ちげーって!」
 見つめる聡美にもう一度かぶせる。
 「ちげーって言ってんだろ」

 気は進まないが、そろそろ保健室におもむかねばならない。 浩平は名残惜しげに教室を一瞥した。
 「付いてくんなよ」
 聡美に突き出した人さし指が、ちょっとヒーローっぽい。
 旅立つ勇者に聡美が惜別の言葉を贈る。
 「浩平くん、毎日ありがと」
 きびすを返し足早に去っていく浩平の声が聞こえた。
 「ばーか」
 聡美はくるっとターンすると、今日一番の笑顔で微笑んだ。

 

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